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近江八幡の料理人は 昔
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近江八幡の観光が増えた理由・・・・本当の観光とは
先日、
前・近江八幡市長 川端五兵衛氏の話を聞くことをできました。



40年ほど前
近江八幡の観光客の数は年間10万人だったらしい。
現在は200万人。




近江八幡は観光産業が盛んな観光都市ではありません。
近江商人のまちとして
農民・漁民のまちとして
質素・倹約を旨とし
贅沢とはかけ離れたまちでした。


そんなたいした観光資源も無かったまちが
いかに現在の状態になったのか
滾々と話していただけました。



現在
近江八幡の観光は
「八幡掘」「水郷」の水辺の美しい景観で成り立っています。


それはもともとそこに当たり前にそこにあった景色・景観でしたが

40年ほど前
地元行政と地元住民
そして国までもが

ヘドロのたまり悪臭のする堀を埋め
農業効率の悪い水郷地帯の埋め立てを決定していたのです。


昭和20年ごろまで
底まで透き通った水がながれ
鮎が泳いでいた「八幡掘」を(プールが無かった昔はそこで水泳の授業をしていたらしい)
わずか20年ほどで経済成長とともに汚したところを
まさに文字通りくさい物にふたをする工事が始まっていました。



当時(昭和40年代)の川端氏ら近江八幡青年会議所のメンバーは
八幡開町400年来の誇り
水郷地帯にいたっては弥生期にまでさかのぼる歴史をもつ景観をまもる
今で言う「環境保全」の理念・信念のもと
熱意と行動力で

一級河川である「八幡掘」の埋め立ての公共工事は国の事業であるにも関わらず
ストップさせ
さらに5万立方メートルにもなるヘドロを除去させ
「八幡掘」いや近江八幡の景観保全のきっかけを作ったのです。




それ以来数十年にわたる川端氏の
近江八幡に注ぐ熱意・愛情
そしてそこに暮らす・住む誇りが現在の
国の「重要文化的景観」第一号認定へとつながってゆくわけです。



国や県や市の行政との交渉
住民との交渉など
多くの障害を乗り超えた




川端氏は言いました


「観光はただの人集めではない。
観光とは国の光を見る・見に行く事。
国の光となるのはそこに住む人々。
誇りをもって住む輝ける人々を見に行くのだ。」


まちを愛する人々
誇りをもった人々がいるから
まちが輝き
初めて観光となるのだと。



確かに、現実に
川端氏のようにまちを想う人の行動があったゆえに
現在の本当の観光につながっているのです。
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テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

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