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近江八幡の料理人は 昔
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星岡茶寮の実態とは
「星岡茶寮」は伝説的な会員制高級料亭である。

漫画「美味しんぼ」のなかでは実在した「美食倶楽部」の名前そのままに
これまた北大路魯山人がモデルと言われる海原雄山が会員制料亭を運営している。


実在の星岡茶寮は
魯山人がいた当時経営者は中村竹四郎で魯山人ではない。
内情は本当のところよく解っていない。

料理のほうも
当時の料理を知るものなどいないのだから
どんな味だったのかは解らない。



しかし
わずかな記録を情報として公開しているサイトがあったので紹介しておこう。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~modern/hiroiyomi.htm

星岡茶寮名物料理となっていた狸汁もそこに記述がみられる。
狸汁は狸肉に見立てた蒟蒻を使った味噌汁もそうよぶのだが
記述を見ているとどうやら本物の狸肉を使ったものであったようだ。
しかし
たぬきの巣には「同じ穴のムジナ」の言葉で有名なムジナ(アナグマ)が住んでいることがある。
ムジナのほうが味が良いそうだが
名物料理になっていたのはどっちの肉を使っていたのかは解らない。



その他魯山人プロデュースによる料理と器の数々が
当時の著名人の会員を惹きつけ一大星岡茶寮ブームを首都で巻き起こしていたことは間違いない。

しかし
魯山人が開発というか創作した名物料理が今もって広く世間に広がっていないのはなぜであろうか。

前菜八寸の大皿盛を開発したように思われている事もあるようだが
実際小さいポーションの料理を大皿にいろいろ盛り合わせる手法は
黄檗山萬福寺に代表される普茶料理に「笋羹(しゅんかん)」という似たような形式ものが
江戸時代から存在しているため魯山人の独創とは言いがたい。
京都出身の魯山人であるならばなおさらである。


ちなみに言っておくが個人的に魯山人が嫌いなわけではない。
むしろ自分には出来ない偉業を残した魯山人は尊敬している部分も多い。
店のまかないを料理人に作らせようとしたところなどは全く同感である。


かつて一世を風靡した星岡茶寮。
戦前という時代背景からして現在と対比するのは難しいが
人々を魅了したその店には必ず現在にも活用できる重要な要素があるはずだ。
資料は少ないが魯山人が残した作品以外にその中身を知る事は意義がある。
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テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

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